現代北東アラム語入門①:代名詞とコピュラ文

そういうわけで、今回は第一回 NENA 学習ノートです。例文は全て Yadgar (2018, 前回の投稿参照) に拠っていますが、多少オリジナルな解説も加えているので、まあ … 著作権的な問題はないと考えましょう。かなりじっくり目の語学書レビューとしてお読みください。

コピュラ

現代北東アラム語は基本的にSVO型の語順をもっていますが、コピュラ(「…です」やbe 動詞にあたる)だけは文末に現れます。こういう特徴はトルコ東部あたりには多い(例えばトルコ東部で話されるアラビア語方言もそう)のだそうです。 

  • <ܐܵܢܵܐ ... ܝܼܘܸܢ (ܝ̄ܘܸܢ)> ānā ... yīwin (win) 私は…です。
  • <ܐܲܢ̄ܬ ... ܝܼܘܸܬ (ܝ̄ܘܸܬ)> att ... yīwit (wit) あなたは…です。
  • <ܗܿܘ ... ܝܼܠܹܗ (ܝ̄ܠܹܗ)> hāw [ā́w] ... yīleh (leh) 彼は…です。 

なお、ここで i と書いている音は曖昧母音 [ə] のように聞こえます。hāw「彼」は綴り上 h をもちますが (ܗܿܘ)、これは語源的なものらしく、実際には発音されていないようです。

例えば <ܡܲܠܦܵܢܵܐ> malpānā「教師」を入れると以下のようになります。

  • <ܐܵܢܵܐ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܘܸܢ> ānā malpānā ywin [ā́nā malpā́nē-win]「私は教師です。」
  • <ܐܲܢ̄ܬ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܘܸܬ> att malpānā ywit [átt malpā́nē-wit]「あなたは教師です。」
  • <ܗܿܘ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܠܹܗ> hāw malpānā yleh [ā́w malpā́nē-le]「彼は教師です。」

なお、名詞の多くは語尾に -ā (古くは定冠詞だった) をもちますが、この語尾は繋辞の と融合して ē のように発音されます。綴り上は母音記号 ī (ܼ ) を取ってしまうようですね。

アクセントは後ろから二番目の音節(後ろから二番目の母音といってもよい)にありますが、コピュラと融合したときには、コピュラを除いて後ろから二番目ですね。

語尾 の後以外でも、コピュラの の部分は省略されるようです。

  •  <ܐܵܢܵܐ ܝܘܿܚܲܢܵܢ ܝ̄ܘܸܢ> ānā Yōxánān win.「私はヨハナン(ヨハネ)です。」
  • <ܗܿܘ ܐܲܦܪܹܝܡ ܝ̄ܠܹܗ> hāw Aprēm leh「彼はアプレーム(エフレム)です。」

疑問文・否定文

疑問詞疑問文の練習してみましょう。mānī「誰」、mūdī「何」、āhā「これ」がでてきています。語順には二通りがあるようですね。

  •  <ܐܲܢ̄ܬ ܡܵܢܝܼ ܝ̄ܘܸܬ؟> att mānī wit? / <ܡܵܢܝܼ ܝ̄ܘܸܬ ܐܲܢ̄ܬ؟> mānī wit att?「あなたは誰ですか。」
  • <ܗܿܘ ܡܵܢܝܼ ܝ̄ܠܹܗ؟> hāw mānī leh? / ̇ <ܡܵܢܝܼ ܝ̄ܠܹܗ ܗܿܘ؟> mānī leh hāw?「彼は誰ですか。」
  • <ܐܵܗܵܐ ܡܵܐܢܝܼ ܝ̄ܠܹܗ؟> āhā mānī leh? / <ܡܵܐܢܝܼ ܝ̄ܠܹܗ ܐܵܗܵܐ؟> mānī leh āhā?「こちら誰ですか。」
  • <ܐܵܗܵܐ ܡܘܼܕܝܼ ܝ̄ܠܹܗ؟> āhā mūdī leh? / <ܡܘܼܕܝܼ ܝ̄ܠܹܗ ܐܵܗܵܐ؟> mūdī leh āhā?「これは何ですか。」

Yes/No疑問文の練習も。文末にイントネーションの上昇があるようです。シリア文字の表記は少し省略します。

  • <ܐܲܢ̄ܬ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܼܘܸܬ؟> att malpānā ywit? / malpānā ywit att?「あなたは教師ですか。」
  • <ܗܿܘ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܼܠܹܗ؟> hāw malpānā yleh? / malpānā yleh hāw?「彼は教師ですか。」
  • <ܐܵܗܵܐ ܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܼܠܹܗ؟> āhā malpānā yleh? / malpānā yleh āhā?「この人は教師ですか。」
  • <ܐܵܗܵܐ ܩܲܢܝܵܐ ܝ̄ܠܹܗ؟> āhā qanyā yleh? / qanyā yleh āhā?「これは鉛筆ですか。」

 「教師」の代わりに <ܐܝܼܙܓܲܕܵܐ> ’īzgaddā「大使」、<ܬܲܠܡܝܼܕܵܐ> talmīdā「学生」、<ܫܲܡܵܫܵܐ> šammāšā助祭 (deacon)」、「ペン」の代わりに <ܟܲܠܒܵܐ> kalbā「犬」、<ܥܸܪܒܵܐ> ˁirbā「羊」、<ܠܲܚܡܵܐ> laxmā「パン」、<ܢܲܪܓܵܐ> nargā「斧」、<ܟܵܣܵܐ> kāsā「グラス」などを入れてみましょう。gaka は「ギャ」、「キャ」のように聞こえますね。

 

「はい」と答える場合は <ܗܹܐ> というようです。 

  • <ܗܐ، ܐܗܐ ܬܠܡܝܕܐ ܝܠܗ> hē, āhā talmīdā yleh.「はい、こちらは学生さんです。」

 「いいえ」という場合は <ܠܵܐ> を使い、否定文としたい場合は <ܠܹܐ> をコピュラの前に置き、かつ <主語-コピュラ-補語> 語順となるようです。同源の単語でしょうが、なんで母音変わってるんでしょうね。

  • <ܠܵܐ، ܐܵܗܵܐ ܠܹܐ ܝ̄ܠܹܗ ܟܲܠܒܵܐ> lā, āhā lē leh kalbā.「いいえ、これは犬ではありません。」

いくつか単語を入れ替えて練習しましょう。<ܐܲܟܵܪܵܐ> akkārā「農夫」、<ܓܲܢܵܢܵܐ> gannānā「庭師」、<ܢܲܓܵܪܵܐ> naggārā「大工」、<ܩܘܿܩܵܝܵܐ> qōqāyā「陶工」、<ܒܲܛܵܐ> baṭṭā「家鴨」、<ܕܹܐܒܵܐ> deˀbā「狼」、<ܬܲܪܢܵܓܼܠܵܐ> tarnāġlā七面鳥」などを使いましょう。

q と ṭ は無気音というべきか、聞こえ方によっては放出音に聞こえなくもありません。これに対して k と t は帯気音です。ちなみにアラビア語や現代南アラビア語でも似たような現象が観察されます。単に調音点の違いだけではないわけですね。

応用編

現代北東アラム語(というかアラム語一般の話ですが)には、<ܕ> d「の」という多機能な前置詞があります。名詞と名詞の間にある場合には、英語でいう of のように、所有を表します。

  • <ܒܵܒܵܐ ܕܡܲܪܝܲܡ> bābā d-maryam「マリアムの父 (bābā)」
  • <ܟܲܢܵܐ ܕܟܘܼܪܣܝܵܐ> kannā d-kursyā「椅子 (kursyā) の足 (kannā)」
  • <ܢܵܘܪܵܐ ܕܐܵܗܵܐ ܒܪܵܬܵܐ> nāwrā d-āhā brātā「この娘 (brātā) の鏡 (nāwrā)」

あとひとつ、<ܘ> w「と」(等位接続詞)も覚えておきましょう。

  • <ܐܵܢܵܐ ܘܚܵܬܵܐ> ānā w-xātā「私と姉/妹 (xātā)」
  • <ܠܲܚܡܵܐ ܘܟܲܪܥܵܐ> laxmā w-karˁā「パンとバター (karˁā)」

 それでは最後に少し難しめのコピュラ文を。

  • <ܫܸܡܵܐ ܕܐܵܗܵܐ ܡܕܝܼܢ̄ܬܐ ܬܸܦ̰ܠܝܼܣ ܝ̄ܠܹܗ> šimmā d-āhā mditā Tiflīs leh.「この町の名前はティフリス(トビリシ)です。」
  • <ܐܵܗܵܐ ܝܲܠܕ̄ܐ ܫܲܡܵܫܵܐ ܓܝܼܘܲܪܓܝܼܣ ܝ̄ܠܹܗ> āhā yallā šammāšā Gīwargīs leh.「この男の子はギワルギス(ジョージ)助祭です。」
  • <ܣܲܪܓܘܿܢ ܒܪܘܿܢܵܐ ܕܡܲܠܦܵܢܵܐ ܝܠܹܗ> Sargōn brōnā d-malpānā yleh.サルゴンは教師の息子です。」 
  • <ܫܲܒܬܵܐ ܩܵܐ ܒܲܪܢܵܫܵܐ ܝܠܹܗ ܘܠܵܐ ܒܲܪܢܵܫܵܐ ܩܵܐ ܫܲܒܬܵܐ> šabtā qā barnāšā yleh w-lā barnāšā qā šabtā.安息日は人のためにあるのであって、人が安息日のためにあるのではない。」

最後の文は聖書からの引用(マルコ2:27)です。qā は受益者を表す前置詞なんでしょうね。