現代北東アラム語入門⓪はじめに

もう長らく現代アラム語に関心をもちつつ、ちゃんと勉強していないので、ここでは少しづつ現代北東アラム語学習ノートを公開します。(*語学系の投稿は最近の語学教科書風に「ですます」調にしています。)

実は最近、世界的に現代アラム語の学習教材が充実しつつあります。一つは完全無料でオンラインで音も聞けて、そして母語話者でもあり著名な言語学者でもある Tabo Shalay 氏ほかによってつくられている、以下のページがあります。

こちらは現代中央アラム語のひとつ、トゥーローヨー(Turoyo)と呼ばれる変種で、いわゆる「アッシリア人」(中東地域に基盤をもつアラム語を話すキリスト教徒、特にシリア正教徒)の話す現代アラム諸語の中では、残念ながらややマイナーなものです。Modern Western Syriac などと呼ぶ人もいるそうですが、古典語かつ彼らの典礼言語であるシリア語との歴史的なつながりを意識したものでしょう。

www.surayt.com

一昨年ジョージアに行ったのをきっかけに知った、こちらの教会が、非常によい現代北東アラム語 (North-Eastern Neo-Aramaic; NENA) の CD 付き教科書を出しています (Yadgar 2018)。800頁で100ドルぐらいと、とてもコスパがよく、こちらは専門の言語学者が作った、とは言えないのかもしれませんが、十分使い物になる教材のようです。トゥーローヨーと対比的に、現代北東アラム語は Modern Eastern Syriac ともいわれるようです。エスニック集団の名称を使ってアッシリア語ともいいますが、少し紛らわしい(古代のアッカド語変種の名前でもある)ので学者は嫌いますね。

subaran.com

NENA はイラン・トルコ・イラク国境地帯の村々で話されており、方言差もかなり大きく、方言数も非常に多いことが知られています。本書はジョージアで出版されていていますが、ジョージアアッシリア人の方言というより、やや人工的に(借用語などを排して)教育用に整えたもののようです。実態そのものではない、ということで、伝統的なアラム語学者はそういうのを嫌う傾向があります。が、ある種の規範意識を描いてくれている(音声までつけてくれている)わけなので、そういう試みとして敬意を払いつつ有難く使わせてもらいましょう。

ジョージアアッシリア人は基本的に上記の地域(多くはイランのウルミアなど)からの移民コミュニティで、その方言も少し独特らしいです。色々な地域の方言特徴がディアスポラで混淆しているのかもしれませんが、素人なので今一つよくわかりません。例えば、ロシアのナウカ社から出ている、コンスタンティン・ツェレテリの『現代アッシリア語』という本はジョージアの方言を扱っているようです。

アッシリア人NENA で話したければ、北米やオーストラリアなどにかなり大きなコミュニティがあり、各種行政パンフレットもこの言語で作られています。もう少しそれっぽい地域ということであれば、ジョージアも中々よさそうです。まず首都トビリシに先述の教会があるし、そこから乗り合いバス(マルシュルートカ)に乗れば 30 分くらいでアッシリア人の村にも行けます。泰流社・国際語学社から出ていた『アッシリア語入門』/『ネオ・アッシリア語入門』というNENAの本でもフィーチャーされています。

著者の Benyamin Yadgar 地方司教はイランのウルミア出身だそうです。

なお、Yadgar (2018) はネストリア式シリア文字を使っていますが、オンラインで使いやすいエステランゲロー式シリア文字を使います。かつ、ここでは私の使い勝手がいいように、そのスペルを適当にラテン文字転写します(一般的な NENA 研究の慣習とも違う)。時々、発音を [ ] で示しますが、IPA国際音声字母)によるものではない点もご注意ください。

参考文献

Yadgar, Benyamin Beth (2018) Modern Aramaic Language for Beginners (translated from Russian by Natela Shonia). Tbilisi: Mar Shemmon Bar Sabbae Assyrian-Chaldean Catholic Church.